大判例

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仙台地方裁判所 平成6年(行ウ)16号 判決

原告

石川徳春

篠原弘典

右二名訴訟代理人弁護士

鈴木宏一

半沢力

小野寺義象

山谷澄雄

被告

宮城県

右代表者知事

浅野史郎

右指定代理人

藤原秀一

外二名

被告

宮城県知事

浅野史郎

右二名訴訟代理人弁護士

松坂英明

村田知彦

主文

一  原告らの被告宮城県知事に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らの被告宮城県に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告宮城県知事は、同被告の原告らに対する別紙処分目録記載の各決定(但し、原告篠原弘典については同目録添付別表1記載の決定)をいずれも取り消す。

2  被告宮城県は、原告石川徳春に対し、四〇万円及びこれに対する平成六年八月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告宮城県は、原告篠原弘典に対し、一〇万円及びこれに対する平成六年八月三〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  2、3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁(被告宮城県知事)

主文一、三項と同旨

2  本案の答弁(被告ら)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、いずれも宮城県内に住所を有する者である。

(二) 被告宮城県知事(以下「被告知事」という。)は、被告宮城県(以下「被告県」という。)の情報公開条例(平成二年宮城県条例第一八号、以下「条例」という。)二条一項の実施機関であり、かつ、被告県の公権力の行使にあたる公務員である。

2  条例中の関係条項の存在

条例中、本件に関連する条項として、以下のものが存在する。

一条(目的)

この条例は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県政に対する国民の信頼と理解を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県政を推進することを目的とする。

二条(定義)

一項 この条例において「実施機関」とは、知事、(中略)をいう。

三項 この条例において「公文書の開示」とは、公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付することをいう。

三条(解釈及び運用)

実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、県民の公文書の開示を求める権利を十分尊重するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報が十分保護されるよう最大限の配慮をしなければならない。

五条(請求権者等)

一項 次に掲げるものは、実施機関に対して、公文書の開示を請求することができる。

一号 県の区域内に住所を有する個人

六条(請求の方法)

前条一項の規定により公文書の開示を請求しようとするものは、次に掲げる事項を記載した請求書を実施機関に提出しなければならない。

一号 氏名又は名称及び住所又は事務所若しくは事業所の所在地並びに法人その他の団体にあってはその代表者の氏名

二号 公文書の内容

三号 前二号に掲げるもののほか、実施機関の定める事項

七条(請求に対する決定等)

一項 実施機関は、前条の規定により公文書の開示の請求のあったときは、同条の請求書を受理した日から起算して一五日以内に、公文書の開示をするかどうかの決定をしなければならない。

九条(開示しないことができる公文書)

実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。

四号 公開することにより、犯罪の予防、犯罪の捜査、人の生命、身体又は財産の保護その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報

五号 国又は地方公共団体その他の公共団体(以下「国等」という。)の機関からの協議、依頼等に基づいて作成され、又は取得された情報であって、公開することにより、国等との協力関係又は信頼関係が損なわれると認められるもの

七号 県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、渉外、入札、試験その他の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの

一二条(不服申立てがあった場合の手続)

一項 実施機関は、七条一項の決定について、行政不服審査法(昭和三七年法律第一六〇号)の規定に基づく不服申立てがあった場合は、当該不服申立てが不適法であるときを除き、宮城県情報公開審査会に諮問しなければならない。

一六条(情報公開審査会の設置等)

一項 一二条一項の規定による諮問に応じて審議を行わせるため、宮城県情報公開審査会(以下「審査会」という。)を置く。

二一条(意見等の聴取等)

審査会は、一二条一項の審議を行うため必要があると認めたときは、不服申立人、実施機関の職員その他の関係者に対して、出席を求めて意見若しくは説明を聴き、又は必要な書類の提出を求めることができる。

3  本件各処分の存在

(一) 原告らは、別紙処分目録添付の別表(以下「別表」という。)「開示請求年月日」欄記載の日に、それぞれ条例五条一項に基づき、被告知事に対し、別表「開示請求公文書」欄記載の各公文書の開示請求(以下「本件開示請求」という。)を行った。

(二) 被告知事は、条例七条一項に基づき、本件開示請求に対応する公文書として、別表「開示請求に対応する公文書」欄記載の各公文書(以下「本件公文書」という。)を特定した上で、別表「通知年月日」欄記載の日にそれぞれ本件公文書の一部を非開示とする部分開示決定(以下「本件原決定」という。)を行った。その理由は、次のとおりである。

(1) 条例九条四号に該当する。

核物質の輸送に関する詳細情報が記載されており、犯罪の防止に支障を及ぼすおそれがある。

(2) 条例九条五号に該当する。

公共性の高い事業を行う東北電力株式会社(以下「東北電力」という。)との信頼関係が損なわれると認められる。

(3) 条例九条七号に該当する。

公開することにより、被告県の事務事業の円滑な執行に支障が生ずるおそれがある。

(三) 原告らは、別表「不服申立年月日」欄記載の日に、条例一二条一項、行政不服審査法六条に基づき、それぞれ、右処分を不服として、被告知事に対し、各不服申立てを行った。

被告知事は、条例一二条一項に基づき、別表「諮問年月日」欄記載の日付で、それぞれ、宮城県情報公開審査会(以下「審査会」という。)に各諮問し、別表「答申年月日」欄記載の日付でされた審査会の答申(右答申においては、条例九条七号については該当性なしとし、なお、九条五号については、被告知事において右答申前に撤回した。)に従い、平成六年五月一七日、本件原決定を、その非開示部分中、別表「非開示部分」欄記載の部分(以下「本件非開示部分」という。)を除き開示する内容にいずれも変更した(以下「本件変更決定」といい、本件原決定と併せて「本件各処分」という。)。

4  本件非開示部分及び本件変更決定の内容

本件変更決定における本件非開示部分の内容及びその理由の要旨は、次のとおりである。

(一) 輸送時期のうち年より詳細な情報が記録されている部分

当該情報は、事前に公開すれば核燃料輸送の時期が特定できるため、原則として核燃料所在推定可能情報に当たると考えられる。しかし、当該情報のうち年より詳細な情報が記載されている部分を非開示とすれば、個々の核燃料の輸送時期を特定することはできないと考えられる。したがって、輸送の時期のうち年より詳細な情報が記録されている部分は核燃料所在推定可能情報に当たると認められる。

(二) 使用済燃料を収納した容器を輸送する使用済燃料運搬船の名称が記録されている部分

本件公文書には、使用済燃料を収納した容器を輸送する個々の使用済燃料運搬船の名称が記載されていることから、当該情報は公開すれば核燃料輸送に関する輸送手段を事前に特定することが可能となる情報であると考えられる。したがって、使用済核燃料を収納した容器を輸送する個々の使用済燃料運搬船の名称に関する情報は核燃料所在推定可能情報に当たると認められる。

(三) 使用済燃料を収納した容器を輸送する使用済燃料運搬船の輸送経路が記録されている部分

当該情報は、海上輸送の際の経路に関するものと認められ、これを公開すれば核燃料輸送に関する輸送経路を事前に特定することが可能となる情報であると考えられる。したがって、使用済燃料を収納した容器を輸送する使用済燃料運搬船の輸送経路に関する情報は核燃料所在推定可能情報に当たると認められる。

(四) 結論

被告知事は、以上の検討から、本件非開示部分に記載された情報は、使用済核燃料の所在を推定させる情報であるから、「公開することにより、犯罪の予防、犯罪の捜査、人の生命、身体又は財産の保護その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報」と認められるとした上で、条例九条四号に該当すると結論付け、本件変更決定を行った。

5  被告知事の本件各処分の違法性

(一) 処分理由の不存在

前記条例一条に定める目的からも明らかなように、条例は、憲法二一条に基づく県民の「知る権利」と憲法九二条等に基づく住民自治を宮城県政において実質的に保障すること及び憲法一三条、三一条等に基づく県政の公正な執行と県政に対する県民の信頼と理解を確保するために制定されたものである。

また、条例三条の解釈及び運用の基準の定めは、憲法二一条等の憲法上の保障の趣旨と右条例一条の目的に基づいて定められたものであり、したがって、条例九条に規定する公文書に該当するか否かの判断に当たっては、「原則公開」の基本理念に基づき、適正に判断しなければならないこと、例外的に非開示とするにしても、それは必要最小限に止められるべきこと及び非開示情報に当たるか否かの判断に際しては、問題となった情報につき個別具体的に判断されるべきであることを定めたものである。

このような観点から、本件非開示部分の条例九条四号の該当性の判断に当たっては、前記審査会の答申も示しているように、想定される犯罪の蓋然性の程度に応じ、公開することによって生じることが予想される支障を防止するために必要最小限度の情報を非開示とすべきであり、その際、当該情報の性質、犯罪の種類、重大性及び社会的な影響、当該情報と犯罪発生の関連の度合い、情報の公表されている程度等を総合的に勘案しながら、個々具体的な事例毎に判断されることになる。そして、これによって条例九条四号に該当するとして開示義務が免除されるためには、公開と犯罪の予防等に生じる支障との間に因果関係が必要であり、かつ、具体的な支障が生じるおそれが客観的に必要であると解されるべきである。

しかるに、以下に述べるとおり、本件非開示部分は、いずれも右要件を満たしておらず、本件各処分は違法である。

(1) 輸送の時期に関する情報について

仮に輸送の時期を開示したとしても、本件公文書には運搬船の詳細な航海予定は一切記載されていないことや、船舶による輸送の実態を考慮すれば、年より詳細な情報である搬出日が判明したからといって、特定日時における使用済核燃料を搭載した船舶の輸送中の位置を相当程度明確にするのは常識的に見て不可能であるから、右情報は核燃料所在推定可能情報に当たらない。

また、仮に輸送の時期を開示しなくても、開示情報である搬出予定日の数日前に東北電力から実施機関に提出される搬出日を記載した文書の受理の期日から数日程度の誤差で輸送時期を推定できるのであるから、右輸送時期に関する情報を非開示としたとしても、個々の使用済核燃料輸送の時期の特定は可能である。しかも、これにより現在まで核物質防護上何ら問題は生じておらず、当該情報を開示しても核物質防護上何ら支障はない。

(2) 輸送手段に関する情報について

運搬船名は、開示情報である運搬船の載貨重量、全長、使用済核燃料輸送容器(キャスク)積載能力等の情報と、これまで全面開示された情報や書籍による情報を比較することにより、おおむね判明するところ、これまで輸送手段に関する情報が判明していても、核物質防護上何ら問題は生じていない。

また、右のとおり、運搬船名に関する情報は実質的には不特定多数に公表され、おおむね判明しているのであるから、ことさら非開示とする意義はなく、例外規定を適用する必要はない。

(3) 海上輸送の経路に関する情報について

本件非開示部分のうち、海上輸送経路を記載した部分は結局のところ、パナマ運河を通るのか、あるいは南アフリカを迂回するのかという程度の概括的なものであり、右記載によって特定の日時における運搬中の使用済核燃料の位置を事前に推知することも、現に移動中における使用済核燃料の所在を相当程度明確に推定することも不可能である。よって、海上輸送経路を非開示とする意義は乏しい。

また、右のような概括的な情報程度しか記載されていないのであれば、核物質防護上問題を生ずるはずがないことも明らかである。

(二) 被告知事の判断の誤りについて

(1) 犯罪発生の具体的可能性について

被告知事は、本件各処分をするについて、核物質にかかる犯罪の未然防止、国際的な協調を踏まえて、核物質輸送計画文書の情報を管理する必要があるとしている。

しかしながら、被告知事においては、具体的にいかなる者がいかなる方法によって、いかなる態様で犯罪を惹起するか、すなわち、核物質防護上の支障を発生させ得るのかにつき、ほとんど議論をしないまま、国際協調の側面によりかかって、本件各処分に至っているものである。

そしてまた、本件において被告らが具体的な犯罪例として挙げるものについても、その事例の内容(被害法益等)が明らかでなく、また、当該行為によって地域住民が被曝したとか、被曝の危険にさらされたとかの確認は何らなされていない。すなわち、被告らの主張は、犯罪発生の危険性の増加を具体的事例に基づいて判断したものではなく、核物質防護の観点から見た場合、机上の主観的危惧に基づくものというべきである。

(2) 本件非開示部分の開示と犯罪発生の危険性増加との因果関係の存在について

被告知事は、本件非開示部分を開示した場合、核物質防護の上で問題が生ずるとの判断から本件各処分をしたものである。

しかしながら、本件非開示部分記載の情報は、既に開示されている従前の使用済核燃料輸送計画書の記載や市販されている原子力関係の文献等から、おおむね正確に推定できる。しかし、それにもかかわらず使用済核燃料の盗取等の犯罪は発生していない。なお、島根県松江市、安来市、鹿島町などの地方自治体においては、過去において本件非開示部分と同様の情報を輸送前に開示したにもかかわらず輸送中の核物質は犯罪の対象とならなかった。すなわち、本件非開示部分は、それだけの魅力しかない情報なのである。

さらに、現実に使用済核燃料を盗取しあるいは妨害破壊行為を行い得る組織・団体は、国家機関又はこれと同等に高度に組織化された団体に限定されている。そして、このような団体は、条例に基づいて公開されるべき本件公文書によって、使用済核燃料に対する盗取、妨害破壊行為等に関する情報を収集したりはしない。本件各処分においては、このような検討を怠ったため、本件公文書の開示において抽象的に犯罪行為の危険性が増すような錯覚に陥ったに過ぎない。

したがって、本件非開示部分の開示と使用済核燃料を目標とする犯罪行為発生との間には因果関係は存在しない。

(3) 被告知事の掲げる具体的事例、根拠の問題性

IAEA(国際原子力機関)は、「核物質の防護」と題する書面(以下「IAEA勧告」という。)七七年度版において、「核物質の盗取又は不法移転及び個人又は集団による原子力施設の妨害行為」に対する防護の重要性を指摘し、ここに「妨害行為」とは「工場、施設、核物質輸送車輌または核物質に対する計画的行為であって、直接または間接に、放射線被曝によって公衆の健康と安全を危険にさらす恐れのあるもの」と厳密に定義している。そして、このことと「抗議・監視行為」とは厳密に区別されなければならない。

したがって、本件非開示部分を開示した場合、核物質防護上問題が生ずるかを検討するに当たっては、右に述べた定義付けに当たるかどうかが重要となる。

そして、被告知事が本件各処分の際根拠とした資料は、原子力委員会月報(乙第八号証)、科学技術庁原子力安全局長名義の「核物質の輸送に係る情報の取扱いについて」と題する被告知事宛の通知(以下「科学技術庁通知」という。)及び国内外の新聞であるが、右資料のいずれにおいても、核燃料輸送計画文書を開示することによって、犯罪が発生し、その結果、住民が放射線に被曝したとかその危険性が生じた等の具体的な事例の記載はなく、核物質防護上支障が生ずる実例を示すものではない。

殊に、被告知事は、審査会において青森の核燃料サイクル施設反対運動の存在を、犯罪行為の唯一具体的な事例として主張したが、かかる犯罪行為の内容は何ら明らかにされていない。

(4) 核物質防護上の支障の不存在

被告知事は、従前、本件公文書と同種の文書を全面開示していたが、核物質防護上の支障は何ら生じていなかった。

また、従前開示された情報から本件非開示部分が推測できたにもかかわらず、核物質防護上の支障は発生していない。

したがって、本件非開示部分を秘密にする必要は全くない。

(5) 科学技術庁通知の問題性

被告知事は、主として科学技術庁通知が「核物質防護の観点から……核物質の輸送日時、経路等の詳細な情報の取扱いについては、不特定多数の者に公表等することのないようこれら情報の取り扱いに慎重を期するよう」要請したことを受けて本件各処分をするに至っている。

ところで、「核物質の防護に関する条約」においては、核物質に関する犯罪の定義を七項目に分けているところ、その中には、右通知の参考資料に記載されている「妨害破壊行為」のうちの核物質輸送に対する妨害行為は挙げられていない。

このことからすれば、右通知は、核物質の区分に応じた防護水準といった右条約の考えを踏まえることなく、「核物質防護」の名の下に、全ての輸送情報を非公開にするために、右条約を意図的に拡大解釈あるいは曲解したものと評価せざるを得ない。

また、右条約においては、条約締結国がそれぞれの国内状況に応じて情報管理、公開などを行う主権的権利が保障されており、したがって、欧米諸国や国際的な動向が使用済核燃料の輸送に係る情報を公開していないとしても、日本は独自の情報の取扱いを行うことができる。しかるに、右通知は、このような主権的権利を完全に放棄したものとなっている。

次に、右通知は、IAEA勧告(七七年度版)との関係においても問題がある。すなわち、右勧告においては、前記のとおり核物質に対する「妨害行為」については厳密に定義している。そして、輸送情報の公表については、原則公開とした上で、「輸送作業を公表することは、これが核物質防護の有効度の低減を招くことになるならば、好ましいことではない。」としているのである。

そして、右勧告の内容を踏まえるならば、右通知の参考資料に主張するような「原子力施設及び核物質の輸送に対する妨害破壊行為」は、「計画的」に「公衆への放射線障害を生ぜしめるような」ものに限定して考えるべきである。

しかるに、右参考資料には、このような意味における「核物質防護」上問題となるような「妨害破壊行為」を証明する資料は何ら提示されていないことは前記のとおりであり、右通知の主張は全く根拠のないものである。

なお、原子力に対する反対運動は存在するが、それは、原子力の安全性自体に問題があるからであり、原子力を監視し、反対する運動が存在すること自体を「核物質の輸送に対する妨害破壊行為」ということができないのは当然である。したがって、科学技術庁が妨害破壊行為として掲げる事例は事実を踏まえたものではなく、原子力反対運動を意図的に敵視したものとすらいうことができる。

(6) 核物質防護に関するIAEA勧告(九三年度版)を本件各処分の理由とすることの不当性

核物質防護に関するIAEA勧告(九三年度版)においては、「日時及び経路に関する詳細な情報を含む輸送作業に関わる情報の機密保持のために、各国の定める要求事項に合致した適切な対策がとられなければならない。」として七七年度版を改訂しているところ、右改訂は、日本政府が情報秘匿を正当化するために関係諸国に働きかけた結果によるものであり、同勧告は本件各処分の理由となし得ない。

6  被告県の責任

(一) 原告らの権利の侵害

原告らは、反原発、脱原発の市民運動を行っている者である。

ところで、「憲法二一条一項の規定は、表現の自由を保障している。そうして、各人が自由に様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないものであり、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に理由あるものたらしめるためにも必要であって、このような情報等に接し、これを摂取する自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところである。」(最高裁平成元年三月八日大法廷判決民集四三巻二号八九頁)。

一方、地方自治は中央の統一権力の強大化を抑えて、権力を地方に分散させるという重要な意義がある。日本国憲法は、地方自治のこのような意義を認めて、地方公共団体の組織、運営に関する事項を法律で定めるに当たって、「地方自治の本旨」に基づかなければならない(団体自治)ことを明らかにする(九二条)とともに、その支配意思の形成に住民が参画すること(住民自治)としている。そして、人々の知る権利を保障し、住民自治を実現するためには、地方公共団体の情報の公開がきわめて重要であり、したがって、住民自治を実現し、人々の知る権利を保障するためには、情報公開の対象から地方公共団体の情報を除くことはできない。条例は、このように表現の自由の派生原理として当然に導かれる知る権利を実質的具体的に保障すべく制定されたものというべきである。

しかるに、原告らは、被告知事の故意又は過失による前記の違法な本件各処分により、本件公文書についての知る権利を侵害され、個人としての自己の思想及び人格を形成発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくことを阻害され、その結果、多大の精神的損害を被った。

(二) 原告らの損害

右による原告らの損害の具体的内容は次のとおりである。

(1) 原告らは、条例の試行期間以来、核燃料輸送関係文書の全面開示を受けてきた。しかるに、被告知事は、本件公文書の閲覧謄写を制限すれば、それまで全面開示を受けてきた原告らが精神的衝撃を受け、かつ情報収集のために他の不必要な手段を強いられることとなって精神的苦痛を被ることを現に予見し、又は予見できたにもかかわらず、あえて本件公文書の一部を墨塗り状態にし、本件各処分を行った。原告らは、これによってなお一層の精神的衝撃を受けた。

しかも、被告知事による本件原決定は安易に科学技術庁通知に追随し、条例九条四号に加えて、同条五号及び七号に該当するとの理由にならない理由で敢えて情報の全面開示を拒否したものである。このことは、地方自治の放棄であるとともに、情報公開原則の否定であるとも評価し得るもので、原告らは、県政に対する信頼を喪失し、絶望感を抱くに至った。

(2) また、被告知事は、原告らがいつになったら情報開示に応じてもらえるのかを問い質したにもかかわらず、事後情報としての本件非開示部分の閲覧謄写ができる期日を教示しなかった。すなわち、使用済核燃料の運搬にはせいぜい一〇日もあれば十分であり、九〇日も要しないことは明らかであるところ、被告知事は、原告らが右期日経過後も必要以上の長期にわたり本件非開示部分の閲覧謄写ができないことによりその情報収集活動等が妨げられ、精神的苦痛を被ることを現に予見し、又は予見できたにもかかわらず、あえてこれをしなかった。

原告らは、このことにより再度の情報開示時期について判断に悩むとともに、県政への信頼を喪失し、大変な精神的苦痛を受けた。

(3) 原告らは、本件各処分により、使用済核燃料の輸送計画に関する情報につき、八方手を尽くして収集しても不完全なものしか収集できなかった。そのため、原告らは、他の市民運動家との情報交換が不十分にしかできなくなったことなどにより、大変残念な思いをし、精神的苦痛を被った。

(4) 原告らは、本件各処分により、仕事や活動時間を削って不服申立て手続追行や本件訴訟追行のために多大な時間を費やした。これによって原告らに強いられた時間とそれに伴う精神的苦痛は計り知れないものがある。

(三) 以上(二)(1)ないし(4)のとおり、原告らは、本件各処分によって多大な精神的苦痛を受けたが、これを金銭に換算すると、一件の処分あたり一〇万円を下ることはないから、原告石川においては四〇万円、原告篠原においては一〇万円をそれぞれ下らない。

7  まとめ

よって、原告らは、被告知事に対し、本件原決定の取消を、被告県に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、原告石川は四〇万円、原告篠原は一〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成六年八月三〇日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを各求める。

二  被告知事の本案前の主張(訴えの利益の不存在)

被告知事は、本件訴訟の口頭弁論期日において、本件非開示部分を書証として提出することにより任意に公開した(乙第二ないし第五号証)ので、原告らの請求のうち、本件原決定の取消にかかる部分は、右公開により訴えの利益を失った。

すなわち、条例が公文書の開示請求権を県民に付与した趣旨は、県民が公文書の閲覧又は公文書の写しの交付を県に対して請求することができることとすることにより、県民が実際に公文書を閲覧し、又は写しの交付を受けることができるようにしようとするものである。したがって、開示請求権の目的はあくまで公文書の閲覧又は写しの取得の実現に尽きるものであるから、本件訴訟において本件非開示部分が公開された以上、訴えの利益は存在しない。

なお、「情報公開条例の解釈及び運用基準」(乙第一二号証、被告県総務部私学文書課発行)には、「公文書の開示は、県民の開示請求権に基づいて行われるものであって、県が従前行っている任意の情報提供とは本質的に異なる」旨の記載が存在するが、右記載の趣旨は、開示請求権が法的な権利であるため、被告知事が公文書開示請求に応える条例上の義務を負っているという点において任意の情報提供と異なるということを示しているにすぎない。そして、右開示請求権の目的が公文書の閲覧又は写しの取得の実現にある以上、右開示請求権に基づいて開示するか、任意の情報提供によるかは、その目的の実現という観点からすれば、無益な議論というべきである。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

被告知事が、本件口頭弁論期日において、本件公文書を書証として提出したことは認めるが、被告知事がこのような形で右文書を任意に公開したからといって、本件原決定の取消は依然としてなされていない。

また、前記「情報公開条例の解釈及び運用基準」によれば、公文書の開示は任意の情報提供とは本質的に異なるとされており、条例二条三項にいう「開示」は情報提供を目的とする行政処分であるのに対し、書証の提出は勝訴判決取得を目的とする訴訟行為であって、行為の性質を異にする。加えて、本件訴訟における公開は、通知文書と一体としてなされたものではない。とすれば、被告知事による本件訴訟における書証の提出という形式での本件非開示部分の公開は、原告らの開示請求に対応するものではないから、「情報公開条例の解釈及び運用基準」にいう任意の情報提供であって条例二条三項の「開示」に該当せず、したがって、条例上の「開示」は未だに存在しないから、訴えの利益はなお存在する。

さらに、仮に、右公開によって訴えの利益が消滅したとすると、本件公文書と同種の文書の開示請求に対し違法な非開示決定を行っても、任意の公開をその非開示決定の取消を請求する訴訟において行うことを繰り返していけば、右訴訟にかかる訴えは常に却下されるのであるから、違法な非開示決定に対する司法審査の機会が永久に閉ざされる事態に立ち至る結果となる。

したがって、本件訴訟において本件公文書が公開されたからといっても、依然本件取消請求における訴えの利益は存在する。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4は、いずれも認める。

2  請求原因5及び6は、いずれも争う。

五  抗弁(本件各処分の適法性)

以下の理由で、本件各処分は適法である。

1  本件各処分の理由

(一) 判断基準

条例九条の適用にあたっては、この規定が条例の公開原則に対する例外規定であることからできるだけ厳格に解釈され、合理的な理由のある必要最小限の限定かつ明確な場合についてのみ適用されるべきであって、同条四号の解釈においても、想定される犯罪の蓋然性の程度に応じて、公開することによって生ずることが予想される支障を防止するために必要な最小限の情報を非開示とすべきであること、並びにその際、当該情報の性質や、犯罪の重大性及び社会的な影響等を総合的に勘案しながら、個々の具体的な事例毎に判断されるべきであることは、いずれも原告らの主張するとおりである。

しかしながら、同時に、公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報は、国、地方公共団体を通じて最も基本的かつ重要な責務の一つである住民の生命、財産の保護に関するものであるという点で、秘密とされる必要性が非常に高い情報であるといえる。

そして、核物質の防護は、特定の地域のみではなく、全国的、全世界的な規模で取り組むべききわめて重要な問題であること、予防すべき犯罪が一度たりとも起こってはならない性質の重大な犯罪であることを考慮すれば、本件非開示部分が開示されないことにより生ずる不利益は、右にいう必要最小限度の制約としてやむを得ないものである。

(二) 非開示の理由

使用済核燃料の輸送時期・輸送手段・輸送経路に関する情報は、いずれも不特定多数に公表されている情報ではない。そして、仮に、従前に開示した情報や市販されている文献等から本件非開示部分が推定できるとしても、それはあくまでも推定であって、事実とは全く情報の質が異なるものである。

特に、何らかの使用済核燃料に対する犯罪を企てている者にとっては、その対象である使用済核燃料の所在に関する情報は最も重要なものであり、輸送時期・輸送手段・輸送経路に関する情報が推定によるものか事実であるかによって使用済核燃料の所在の推定の確度が大きく異なるのは自明である。

さらに、従前被告知事が本件公文書と同種の文書を全面開示してきたのは、開示請求が搬出後になされたためであり、本件のような運搬前又は運搬中の請求に対して全面開示したわけではない。よって、開示しても「犯罪の予防」について支障が生じないとはいえない。

2  本件各処分の判断の根拠

(一) 犯罪発生の危険性

使用済核燃料は、その中に多種多量の放射性物質を含んでおり、特にプルトニウムは、分離するだけで原子爆弾の原料になり得るものである。また、その他の放射性物質についても無差別に散布等が行われれば、一般住民は放射線被曝という大きな恐怖にさらされることになり、十分に脅迫等の手段となり得るものである。よって、使用済核燃料は犯罪の標的となる可能性を十分に備えたものである。

そして、被告知事は、原子力利用に伴う核物質の取扱量の増加及び輸送回数の増大、組織化された暴力集団による不法行為に対する不安の増大、初歩的な核爆発装置の製造に関する知識の一般への流布という今日の社会状況を前提として、核物質の盗取、破壊行為、暴行、威力業務妨害等の直接的な輸送妨害及び妨害破壊活動を予告して行われる脅迫行為等を犯罪と想定した上で、事前に輸送時期・輸送手段・輸送経路が明らかになると、犯罪の標的になるおそれが増大し、犯罪の計画立案が容易になると判断したものである。

(二) 本件非開示部分の開示と犯罪発生との因果関係

住民の被曝は絶対に生じてはならない事態であり、従前、住民が実際に被曝した事例がないからといって、今後、開示によって被曝事例が発生しないと考えるべきものではない。

むしろ、住民の被曝は絶対に起こってはならない事態であるからこそ、これを惹起する犯罪の誘因となるような情報については、慎重な処理が必要なのである。

そして、そもそも情報公開制度は、請求者又は請求の目的に一切かかわらず、何人の請求であっても非開示事由に該当しない限り一律に開示する制度である。しかも、一旦開示してしまえばその情報がどのように流通するかについて何ら規制の手だてはない。したがって、非開示事由該当性の判断にあたっては、妨害破壊行為等をなし得る組織が想定されれば足りるのであって、当該組織が本件公文書をどのように利用するかということとは無関係である。よって、本件非開示部分の開示と犯罪との因果関係が存在しないとはいえない。

(三) 被告知事の判断の資料

原告らは、本件変更決定に際して被告知事が参考とした資料には、住民が現に被曝し又は被曝の危険にさらされた具体的事例はないので本件各処分は違法であると主張する。しかしながら、住民の被曝は絶対に起こってはならない事態であり、かつ、現実に住民が被曝する可能性がある事態が発生している以上、住民の被曝を惹起する犯罪の誘因となるような情報については慎重な管理が必要なのである。

そして、本件変更決定は、科学技術庁通知をもその参考としているが、同時に、核物質の盗取破壊行為、暴行、威力業務妨害等の輸送妨害及びこれらを予告してなされる脅迫行為等を犯罪と想定した上で、原子力委員会の検討結果や、国内外の新聞報道等をも参考として、被告知事の判断で行ったものである。

さらに、IAEA勧告(九三年度版)については、関係諸外国の輸送情報の管理に関する懸念に基づいて、輸送情報の管理の必要性が盛り込まれたものであり、このことも被告知事の本件変更決定の正当性を裏付けるものとなる。

3  まとめ

被告知事は、以上の理由及び根拠に基づいて本件変更決定をしたものであり、本件各処分は一体として適法であるというべきである。

六  抗弁に対する認否

いずれも争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  本件取消請求について

一  被告知事の本案前の主張について

被告知事が、本件口頭弁論期日において本件公文書を乙第二ないし第五号証として提出したことにより本件非開示部分を原告らに対し公開したことは、当事者間に争いがない。

ところで、原告らが求めている条例五条一項に規定する「公文書の開示」の意義は、同二条三項にいう「公文書を閲覧に供し、又は公文書の写しを交付すること」とされ、それ以外には何ら特段の法的効果を伴うものではない。そして、原告らが本件各処分によって侵害されたとして、本件取消請求によって回復を求める法的利益は、本件変更決定によってもなお、非開示とされた部分の開示を受けてこれを閲覧し、又はその写しの交付を受けることにあるとの点に尽きるものというべきである。したがって、右のとおり本件口頭弁論期日において本件非開示部分を含む本件公文書が書証として提出され、原告らに公開された結果、原告らは、右文書を閲覧し、又はその写しの交付を受けた状態に至ったものというべきであり、そうすると、原告らの本件取消請求によって回復すべき法律上の利益はもはや存在せず、本件取消請求にかかる訴えの利益は、消滅したと解するのが相当である。

なお、この点に関し、原告らは、本件各処分と同一内容の処分が将来にわたって繰り返された場合、右将来の処分の取消訴訟において非開示部分の全面公開により被告知事は司法審査を免れることになるので、本件原決定取消の訴えの利益はなお存在する旨主張する。

しかし、取消訴訟において求められる訴えの利益とは、当該処分により現に侵害されている個別的、具体的な個人的利益の回復にあると解されるべきであり、したがって、右において原告らが主張するような将来の処分による不利益をもって本件取消請求によって回復すべき法律上の利益とすることはできない。よって、原告らの右主張は採り得ない。

二  結論

以上より、原告らの本件原決定の取消を求める部分の訴えは不適法であり、却下を免れない。

第二  損害賠償請求事件について

一  争いのない事実

請求原因1ないし4(当事者、条例中の関係条項の存在、本件各処分の存在、本件非開示部分及び本件変更決定の内容)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告知事の本件各処分の違法性の存否について

1  本件変更決定に至る経過等

右一の争いのない事実に、甲第一ないし第四号証、第七号証、第九号証、第一二号証、第一五号証、第一七号証、乙第二ないし第八号証、第九号証の一、二の各一ないし四、同号証の三の一、二、同号証の四ないし七、同号証の八の一、二、同号証の九、同号証の一〇、一一の各一、二、同号証の一二、証人伊藤孝一の証言、原告石川徳春本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 本件公文書の内容(乙第二ないし第五号証)

本件公文書は、いずれも、被告県及び女川町、牡鹿町と東北電力との間で締結された平成三年一〇月一八日付「女川原子力発電所周辺の安全確保に関する協定書」(以下「安全協定」という。)六条一項により、東北電力から被告県等に対して発電所及び核燃料の輸送に係る安全確保対策についてその都度通報連絡することと定められたことに基づき、東北電力から被告知事に宛てられた、「女川原子力発電所使用済燃料の輸送計画について」と題する書面であり、その内容は、使用済核燃料をイギリス(乙第二及び第五号証)もしくはフランス(同第四号証)あるいは国内の動力炉・核燃料開発事業団東海事業所(同第三号証)の再処理工場までの輸送に関し、「1輸送計画」として、(1)輸送品の名称及び数量(使用済燃料の体数、全重量、輸送容器個数)、(2)輸送時期(年月及び上中下旬の区別)、(3)輸送方法(輸送容器の女川原子力発電所建屋から港岸壁までの陸上輸送、運搬船への積付け、海上輸送、港から再処理工場までの陸上輸送の概略)、(4)輸送責任者の記載があり、「2安全対策」として、(1)使用済燃料輸送の容器(キャスク)、(2)使用済燃料運搬船、(3)女川原子力発電所構内輸送のそれぞれにつき、輸送にあたっての安全対策方法の概略が示されている。それぞれにつき、輸送にあたっての安全対策方法の概略が示されている。なお、輸送容器の女川原子力発電所への搬入方法については、同様にその概略が示されている場合と、「3その他」として、特定の年月日に搬入が実施された旨が記載されている場合とがある。

(二) 使用済核燃料の意義

運搬の目的物である使用済核燃料とは、原子炉内で使用される核燃料が核分裂の結果ウラン、プルトニウム及びその他の核分裂生成物となったものであって、種々の放射性物質を含有するものであること、この放射性物質から発生する放射線は短時間で人を容易に死亡させる性質を有する。

(三) 関連する条約や通達等

国際的には、一九七七年(昭和五二年)六月、国際原子力機関(IAEA)は、IAEA勧告(七七年度版)を出し、その中で、核物質の盗取又は不法移転及び個人又は集団によ原子力施設の妨害行為に対する防護の重要性が増大しつつあるとし、一国内の核物質の防護の有効性が原子力施設及び核物質に対する敵対行為を妨げ、打ち破るための措置を他の国が講じるかどうかに依存するような状況、特にこうした物質が国境を越えて輸送される場合において、国際協力が明らかに必要になるとした上で、右のような妨害行為に対する防護につき、具体的な要件を定めている。そして、輸送時の核物質防護の要件としては、輸送は、核物質の不法移動又は妨害行為が行われる場合に、多分最も弱い部分であろうとし、輸送作業を公表することは、これが核物質防護の有効度の低減を招くことになるならば好ましいことではないとする。なお、右にいう「妨害行為」とは、「工場、施設、核物質輸送車輌または核物質に対する計画的行為であって、直接または間接に、放射線被曝によって公衆の健康と安全を危険にさらす恐れのあるもの」と定義されている。そして、一九八七年(昭和六二年)二月には、核物質に関する犯罪は重要な関心事であること並びにこのような犯罪の防止、発見及び処罰を確保するための適当かつ効果的な措置を緊急に取る必要があることを確信し、各締結国の国内法及びこの条約に従って核物質の防護のための効果的な措置を定めるため、国際協力が必要であることなどを謳った「核物質の防護に関する条約」が発効し、我が国も一九八八年(昭和六三年)一一月、これに加入している。また、一九九三年(平成五年)九月には、IAEA勧告(九三年度版)において、輸送中の核物質防護要件中に、防護の目的達成を助成するための項目として、「事前に輸送情報を知らなければならない者の数は必要最小限度にすること」が加えられている。

国内においては、平成四年四月一八日、被告知事宛に、科学技術庁原子力安全局長名で、科学技術庁通知が送付された。その内容は、国の核物質防護に係る詳細な情報の管理に関する従来からの考え方を明確にし、周知徹底することについて関係省庁において合意し、原子力事業者及び核燃料物質輸送事業者に対して指導を行ったので、被告知事においても、核物質防護の観点から事情を勘案の上、安全協定等に基づき原子力事業者から核物質の輸送計画の連絡等を受けた場合、核物質の輸送日時、経路等の詳細な情報の取扱いについては、不特定多数の者に公表等することのないようこれら情報の取扱いに慎重を期するよう協力をお願いするとのものである。これには、参考資料が添付され、核物質防護に対する我が国の基本的立場として、核物質は、盗取等により不法に移転された場合には、核爆発装置の材料として使用されたり、不法な散布等が行われる可能性があり、また、原子力施設及び核物質の輸送に対する妨害破壊行為が行われた場合には安全確保に支障を及ぼすことがあるとして、核物質防護の必要性が指摘され、核物質防護を巡る内外の情勢として、欧米諸国においては、核物質の輸送に係る情報は、極めて慎重に取り扱われており、公開されていないこと、我が国において核物質の輸送情報が事前に不特定多数の者に知れ、その結果、不測の事態が生ずるようなことになれば、核物質の取扱いに関する国際的信用を著しく損なうこととなり、欧米諸国との原子力協力の円滑な遂行にも大きな支障を来すことになりかねないこと、輸送情報の取扱いに関する基本的な考え方として、輸送の経路、日時、警備体制、核物質の正確な受渡地点、その予定時刻その他公開されると核物質防護の実効性が損なわれる可能性がある情報については、特に慎重な取扱いを要するものとされている。

(四) 核物質防護関連の報道

国際的には、原子力施設や核物質の輸送等に関連する犯罪行為や妨害行為に関する報道がある。一九八二年(昭和五七年)一月には、フランスで、原子力施設の高速増殖炉に旧ソビエト製のロケット弾五発が打ち込まれている。また、一九八五年(昭和六〇年)四月、アメリカ合衆国で、殺人未遂罪等の公訴を取り下げなければ市の水道をプルトニウムで汚染させるとの脅迫状が担当裁判官等に届けられ、その数日後に貯水池においてプルトニウムの異常値が発見されている。ドイツでは、一九九四年(平成六年)一一月に、使用済核燃料の鉄道輸送に反対するグループが、鉄道の送電線を切断して電柱を切り倒し、予定輸送ルートに沿ってバリケードを築き、一九九五年(平成七年)四月には、右のグループが再び電柱や送電塔を切り倒し、また、運搬列車を脱線させるために線路の下をくり抜こうとしたことが報じられている。

(五) 本件開示請求

本件開示請求の日及びその対象となった本件公文書記載の使用済核燃料の輸送時期は次のとおりであり、いずれも輸送前又は輸送中の事前開示を求めるものであった。

本件開示請求年月日

本件原決定の日  輸送時期

平成四年 六月一一日

同月二五日    同月上旬

同年 七月 二日

同上       同右

同年 九月三〇日

同年一〇月五日  同年九月下旬

同年一二月 七日

同月一〇日    同月上旬

平成五年一〇月一四日

同月二一日    同月中旬

(六) 審査会の審査及び本件変更決定

なお、本件原決定は、本件公文書中、輸送品の数量、輸送時期、使用済燃料輸送容器の名称、運搬船の名称、輸送責任者名をいずれも非開示としたが、その理由として、核物質の輸送に関する詳細情報が記載されており、犯罪の予防に支障を及ぼすおそれがあるから条例九条四号に該当し、公共性の高い事業を行う東北電力との信頼関係が損なわれると認められるから同条五号に該当し、公開することにより、被告県の事務事業の円滑な執行に支障が生じるおそれがあるから同条七号に該当する、というものであった。これに対する原告らの不服申立ての後、審査会の審査では、被告知事は、条例九条五号については非開示理由としないことを申し出、審査会は、その答申において、同条四号の該当性につき、本件原決定を、使用済核燃料の輸送が終了していないとしてなされた事前部分開示と、事後部分開示に分け、事前部分開示につき、内容となっている各情報が核燃料所在推定可能情報であるか否かの観点から判断し、輸送時期のうち年より詳細な情報、使用済燃料運搬船名、その輸送経路に関する情報については核燃料所在推定可能情報に当たるとして同号該当性を認め、その他の部分については右情報に当たらないとして開示すべきとし、なお、同条七号には該当しないと判断し、被告知事はこの答申に従って本件変更決定を行った。

2  本件非開示部分の条例九条四号該当性について

(一) 条例九条の解釈

「情報公開条例の解釈及び運用基準」(乙第一二号証、宮城県総務部私学文書課発行)によれば、条例九条の趣旨及び解釈は次のとおりであるとされる。

条例九条の趣旨は、公文書の開示の請求に対して、実施機関が公文書の開示をしないことができる公文書の範囲及び実施機関が公文書の開示をしないことができる権限について定めたものであり、その基本的な考え方は、公文書の開示を請求しようとする者の請求する権利と請求された公文書に情報が記録されている個人又は法人その他の団体の権利利益及び公益との調和を図ることにある。

また、同条の「公文書の開示をしないことができる」とは、請求のあった公文書に同条各号のいずれかに該当する情報が記録されている場合は、原則公開の例外として、実施機関に公文書の開示をしないことができる権限を与えるものであり、このことは、公文書の開示をすること又は公文書の開示をしないことについての裁量権を与えるものでなく、同条各号のいずれかに該当しない限りは、実施機関は、公文書の開示の義務を負うものである。

右解釈は、条例一条が県民の公文書の開示を求める権利を明らかにし、同三条が実施機関による右権利の十分な尊重を義務づけ、かつ同七条及び九条からみて公文書の開示が原則とされて非開示とすることが許される場合が限定列挙されているという条例の趣旨及び構造に鑑み、正当であると是認できる。

そして、右に述べた条例の構造及び条例九条の趣旨に照らせば、同条列挙の非開示事由に該当するか否かの判断にあたっては、同条各号の趣旨を考慮して、厳格に解することが必要であるというべきである。

(二) 条例九条四号の趣旨及び解釈

右(一)を前提に、乙第一二号証を参考にしつつ同条四号の趣旨を考察するに、同号は、被告県が、公共の安全と秩序を維持し、県民の生命、身体、自由及び財産の安全を確保する基本的な責務を有しているので、公開することにより公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれのある情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができることを定めたものである。

右で検討した同号の趣旨からすれば、同号の「犯罪の予防」とは、刑事犯であると行政犯であるとを問わず、犯罪行為の発生を未然に防止することをいい、「犯罪の予防……に支障が生ずるおそれのある情報」とは、右にいう「犯罪の予防」に関して、支障を来す危険性が客観的に存在すると認められる情報をいうと解される。

そして、右「情報」には、犯罪者に犯罪実行を決意せしめる情報に限らず、犯罪の実行を決意した者がその実現を容易にする危険性が客観的に存在する情報をも含むものと解すべきである。なぜなら、右情報が記載された公文書を公開することによって犯罪の実現が容易になり、これを助長する結果となれば、それだけ犯罪の予防に支障を来す危険が生ずることになり、公共の安全と秩序を維持するという被告県の責務が果たされない結果となるからである。

また、右の犯罪実現を容易にする危険性を判断するにあたっては、当該情報の性質、想定された犯罪の重大性、実現可能性及び予防の必要性の程度、想定された犯罪と当該情報との関連性の有無及び程度を総合的に考慮して個々の事案に即して具体的に検討すべきである。

(三) 以上を前提に本件各処分の適法性について検討する。

(1) 前記1(二)で認定したとおり、使用済核燃料に含有される核物質から発生する放射線は人を容易に死亡させることができる性質を有しているので、使用済核燃料の運搬妨害や核物質保有施設の破壊の結果生ずる住民らの被曝の事態は、絶対に生じてはならないものであり、したがって、これを回避する必要性はきわめて高度のものである。また、右の使用済核燃料の性質から見て、使用済核燃料散布を内容とする脅迫は、その相手方を容易に畏怖させることを可能とする悪質な犯罪であり、これを回避する必要性も高度である。

加えて、右に例示した犯罪の想定は、同(四)において認定したとおり、核物質運搬の妨害、核物質を保有する施設の破壊、核物質の散布を脅迫内容とする脅迫等の犯罪が現実に発生している事実が認められるのであり、単なる机上の空論に止まるものではない。

そして、このような核物質についての犯罪等からの防護の措置は、同(三)において認定したとおり、日本国内においてのみならず、国際的な要請でもあり、このような観点からしても、右に想定された犯罪は、可能な限りその予防が図られるべきものである。

(2) しかるに、本件変更決定による本件非開示部分のうち、①輸送時期のうち年より詳細な情報が記録されている部分の情報は、前記認定のとおり、女川原子力発電所から使用済核燃料が搬出される時期が記載されており、海上又は陸上を輸送中の核物質の所在を推定させる手がかりを与える結果をもたらすものであるから、右情報は、右各犯罪を企てる者にとってその企てた犯罪を実行する日を絞り込むことを可能ならしめ、その実現を容易にする危険があることは明らかである。

よって、右情報は、「犯罪の予防……に支障が生ずるおそれのある情報」であり、条例九条四号に該当する。

次に、本件非開示部分のうち、②使用済核燃料を収納した容器を輸送する使用済燃料運搬船の名称が記録されている部分については、海上輸送中又は港湾で搭載作業中の核燃料の所在を推定させる手がかりを与える情報であり、また、③使用済核燃料を収納した容器を輸送する運搬船の輸送経路が記録されている部分については、海上輸送中の核物質の所在を推定させる情報であって、いずれも右列挙の犯罪を企てる者にとって、その犯行目標の所在地点又は通過地点を絞り込み、もって前記の各犯罪の実行を可能ならしめる点で、その実現を容易にする危険があることは明らかである。よって、本件非開示部分のうち、②及び③もまた、「犯罪の予防……に支障が生ずるおそれのある情報」であり、条例九条四号に該当するというべきである。

(3)  以上によれば、本件非開示部分は、いずれも条例九条四号に該当し、かつ、必要最小限度のやむを得ないものというべきである。そうすると、本件変更決定は適法であり、これと一体をなす本件原決定を含む本件各処分は適法である。

3(一)  以上の認定に反し、原告らは、本件非開示部分が公開されても、核物質防護上、問題を生ずるはずがないとして、被告知事の判断の誤りについて主張するので、以下、これについて検討する。

(1) 原告らは、被告知事は犯罪発生の具体的可能性について議論をすることのないまま本件変更決定に至っていると主張し、原告石川徳春本人尋問の結果及び甲第一七号証中にも、核物質に関する犯罪は、現実には実行が困難であるとする部分が存在する。

しかし、前記認定事実のとおり、使用済核燃料は人を容易に死亡させ得る物質であり、犯罪の凶器となる危険性を十分有するとともに、前記1(四)のとおりの各犯罪が過去において現実に発生しているのであるから、原告らの右主張は採用することができない。

(2) 原告らは、本件非開示部分は、他の資料から容易に推定が可能であるにもかかわらず現在まで輸送中の使用済核燃料に対する犯罪は存在しないなどとして、本件非開示部分の開示と右犯罪との間には因果関係が存在しない旨主張する。

しかし、右による推定情報とは、過去の実例を手がかりにするものであるに他ならず、使用済核燃料の輸送について過去の実例と異なる取扱いがなされれば、その推論は容易に覆されることになる。したがって、このような情報が、具体的な事実とは、その質を異にするものであることは明らかである。さらに、原告らは現実に使用済核燃料を盗取しあるいは妨害破壊行為を行い得る組織、団体は国家機関等に限定されるとするが、前示の具体的な犯罪の事例からしても、このように解すべき根拠はなく、本件非開示部分の開示とこれら犯罪との間に因果関係がないとすることはできない。

(3) また、原告らは、本件訴訟において提出された書証中において、核物質が具体的に破壊された事例等、IAEA勧告(七七年度版)にいう「妨害行為」は存在しない旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、条例九条四号の「犯罪」とは、刑事犯及び行政犯の双方を含むと解すべきであり、これを右IAEA勧告にいう「核物質の盗取又は不法移転及び個人又は集団による原子力施設の妨害行為」に限定すべき根拠はない。そして、前示1(四)の事例は、いずれも刑事犯を構成する。

右のように、核物質に関して現実に刑事犯を構成する犯罪が発生している以上、その余の点について検討するまでもなく、原告らの核物質防護上支障が生じた具体例はないとの主張は採り得ない。

(4) さらに、原告らは、被告知事が本件公文書と同種の文書を従前全面開示していたにもかかわらず、核物質防護上の支障は発生していない旨主張する。

しかし、甲第一九号証の二ないし四及び証人伊藤孝一の証言によれば、従前全面開示されていた文書は、いずれも核燃料又は使用済核燃料の運搬終了後に開示されたものであることが認められ、右事実からすれば、運搬前又は運搬中における本件非開示部分を秘密にしておく必要がないということはできない。

(5) さらに、原告らは、科学技術庁通知及び核物質防護に関するIAEA勧告(九三年度版)をそれぞれ本件変更決定の理由としたことが不当であると主張する。

しかし、本件変更決定の理由は右二者に止まらないことは、これまでの説示から明らかであって、原告らの主張はその前提を欠き、採り得ない。

(二)  なお、原告らは、使用済核燃料の運搬にはせいぜい一〇日もあれば十分であるところ、被告知事には、搬出から九〇日を経過したことをもって事前情報、事後情報の基準日とし、かつ、原告らの問いにもかかわらず、事後情報としての本件非開示部分の閲覧謄写ができる期日を教示しなかったため、原告らは、必要以上の長期にわたって右情報の収集活動が妨げられた違法がある旨主張する。

そして、甲第九号証及び証人伊藤孝一の証言によれば、被告知事宛に科学技術庁通知がなされる以前は使用済核燃料の女川港からの搬出後直ちに右輸送に関する情報を全面開示していたのを、右通知を機にその取扱いを改め、本件変更決定においても、「核物質の防護に関する条約」一条(c)が、「国際核物質輸送」とは、最初の積込みが行われる国の領域外への核物質の運送(輸送手段のいかんを問わない。)であって、当該国内の荷送人の施設からの出発をもって開始し、最終仕向国内の荷受人の施設への到着をもって終了するものをいう、としていることから、使用済核燃料の目的地への到着の時までをもって事前情報とするとしたこと、ただ、被告県と東北電力との前記安全協定においては、核物質の搬出の終了の報告を受けることになってはおらず、さらに国内での輸送については、輸送先が三カ所程度しかなく、しかも、反復輸送がなされるため、女川港からの搬出後直ちに情報を開示すれば、それ以後の搬入及び搬出が推定されやすくなることなどから、国内外を問わず、搬出後一律九〇日をもって事後情報とする取扱いをすることとしたことが認められる。

右のとおり、被告知事においては、科学技術庁通知後は、事後情報としての開示可能期間を改め、これを遅らせる結果となっており、本件公文書についても、公開が原則であることからして、右九〇日間の期間の設定が妥当であるかどうかは議論の余地なしとはしないものの、同時に、前示のとおりの核物質防護の重要性に鑑みれば、これをもって直ちに違法であるとすることはできず、他に前記原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

(三)  以上のとおり、原告らの右各主張はいずれも失当である。

4  したがって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの被告県に対する損害賠償請求はいずれも理由がない。

第三  結語

よって、原告らの本訴請求のうち、被告知事に対する訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、被告県に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官梅津和宏 裁判官大野勝則 裁判官関述之)

別紙〈省略〉

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